少しだけ寝坊してしまった休日の朝。窓から差し込む光を浴びながら、こんがり焼いたトーストに琥珀色のジャムをのせる。その瞬間、キッチンに広がる爽やかで少しほろ苦い香りに、心がスッと整うような気がします。
朝食の定番である「マーマレード」。他のジャムとは一線を画す、あの「皮」の食感と独特の苦味は、どこか大人な雰囲気を感じさせますよね。実は、このマーマレードが今のような形になった背景には、18世紀のスコットランドで起きた「ある偶然」が大きく関わっていることをご存知でしたか?

1797年、スコットランドの港町で起きた偶然
私たちが今日食べている「オレンジマーマレード」の誕生には、ドラマチックな物語があります。舞台は1797年、スコットランドの東海岸にある港町ダンディー。ある日、スペインのセビリアから大量のビターオレンジ(ダイダイ)を積んだ船が、嵐を避けるためにこの港に逃げ込んできました。
しかし、積み荷のオレンジは非常に苦く、そのままではとても食べられません。そこで立ち上がったのが、地元の菓子商だったジェームス・キーラーの妻、ジャネット・キーラーでした。彼女は「捨てるのはもったいない」と、この苦いオレンジを細かく刻み、砂糖と一緒に煮込んで保存食に作り替えたのです。これが、現代へと続くマーマレードの始まりだと言われています。
それまでは果肉を濾して滑らかに仕上げるのが主流でしたが、ジャネットが皮をそのまま入れたことで、あの独特の食感と香りが生まれました。一人の女性の「もったいない」という知恵が、世界中の朝食を変えたというから驚きです。
「マーマレード」の語源はオレンジではなかった?
「マーマレード」という名前の由来を紐解くと、さらに意外な事実が見えてきます。実はこの言葉、もともとはオレンジではなく、別の果物を指す言葉だったんです。
語源はポルトガル語で「マルメロ(西洋カリン)」を意味する「マルメロ(marmelo)」。16世紀頃のポルトガルでは、マルメロを煮詰めて作った固形のお菓子を「マルメラーダ(marmelada)」と呼んでいました。これがイギリスに伝わり、さらにダンディーでの発明を経て、現在のようなシトラス(柑橘類)を使ったものを指す言葉へと変化していきました。
つまり、マーマレードという名前には、はるか昔のマルメロ菓子の記憶が今も刻まれているのですね。

苦味は「大人の教養」としての味わい
「ジャム」と「マーマレード」の最大の違いは、やはり柑橘類の「皮」が入っているかどうかです。日本のJAS規格でも、柑橘類を原料とし、その皮が含まれているものだけが「マーマレード」と名乗ることを許されています。
あの独特の苦味は、皮に含まれる「リモノイド」などの成分によるもの。子供の頃は少し苦手だったその苦味が、いつしか美味しく感じられるようになるのは、私たちが経験を重ねて「複雑な味わい」を愛でられるようになった証かもしれません。

瓶の中に詰まった歴史を味わう
一瓶のマーマレードには、18世紀の港町で生まれた知恵と、古くから伝わる言葉の歴史がぎゅっと凝縮されています。次に蓋を開けるときは、ぜひその「苦味」の背景にある物語を思い出してみてください。
爽やかな酸味とほろ苦さが織りなすハーモニーは、きっと忙しい日常の中に、ひとときの心の余裕を運んできてくれるはずです。


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