始まりは1598年、豊臣秀吉の「粋な演出」から
三色だんごが世に広まる大きなきっかけとなったのは、戦国時代を象徴する天下人・豊臣秀吉と言われています。1598年(慶長3年)、秀吉は京都の醍醐寺で「醍醐の花見」と呼ばれる、歴史に残る壮大な宴を開きました。
その際、秀吉は招いた1300人ものゲストを喜ばせるために、全国から珍しいお菓子を集めただけでなく、この三色の花見だんごを考案させ、振る舞ったと伝えられています。それまでの「だんご」といえば、醤油や餡を塗った茶色が一般的でしたが、秀吉は見た目にも華やかな色彩を求めたんですね。晩年の秀吉が愛でた桜の色を、私たちは今も同じように楽しんでいる……そう思うと、なんだか不思議な縁を感じます。

色が表すのは「四季の移ろい」
なぜこの3色だったのか、そこには日本の豊かな四季が表現されています。一般的には、ピンクは「春の桜」、白は「冬の残雪」、緑は「夏の萌える若草」を意味していると言われています。また、ピンクは春、白は冬の酒(白酒)、緑はよもぎが芽吹く頃、といったように、当時の人々の暮らしに根ざした色が選ばれたという説もあります。
名前の由来と、隠された「秋がない」遊び心
「三色だんご」という名前はそのまま見た目を表していますが、別名「花見だんご」とも呼ばれます。ここで一つ、面白いお話があるんです。
先ほど「ピンク(春)、白(冬)、緑(夏)」を表すとご紹介しましたが、一つだけ足りない季節があることに気づきましたか? そう、「秋」がないんです。これには江戸時代の人々の洒落た理由がありました。
秋がない=「飽きがこない」。
そして、食べ飽きない=「商い(あきない)」がうまくいく。
そんな「秋がない」と「飽きない」をかけた言葉遊びから、この3色が定着したとも言われています。甘いお菓子に商売繁盛や縁起を担ぐなんて、当時の日本人のユーモアセンスには脱帽してしまいますね。
一口ごとに変わる、優しさのグラデーション
三色だんごをいただくと、単に甘いだけでなく、どこか懐かしいお米の風味が口いっぱいに広がります。最近では3色それぞれに「桜あん」「ミルク」「抹茶」など異なる味をつけているものも増えていて、次はどんな味がするかな?とワクワクしながら食べるのも楽しみの一つですね。

天下人・秀吉から始まり、江戸時代の商人たちの知恵によって愛され続けてきた三色だんご。次にこのお団子を手に取るときは、ぜひ「秋がない=飽きがこない」という言葉を思い出してみてください。そうすれば、最後の一粒まで、より一層深い味わいを感じられるかもしれません。



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